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読売ジャイアンツファンのみなさんこんにちは!このサイトではプロ野球球団である読売ジャイアンツの選手のプロフィールや実績などを紹介しています。球団の簡単な概要なんかも掲載しています。




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坂本勇人
坂本勇人について
坂本勇人(さかもとはやと)
1988年12月14日生まれ。
読売ジャイアンツに所属するプロ野球選手(内野手)。

坂本勇人画像



坂本勇人プロ入り前
昆陽里小学校1年から、少年野球「昆陽里タイガース」において投手兼遊撃手として野球を始めた。田中将大とは小・中学校の同級生で、小学校時代は同じ野球チームだった。
当時は坂本勇人が投手、田中が捕手でバッテリーを組んでいた。松崎中時代は伊丹シニアに所属。
高校は青森の光星学院に野球留学した。1年秋から遊撃のレギュラー、2年春から4番をつとめた。2年秋の東北大会準優勝で3年春のセンバツに出場。春の東北大会では16打数13安打で打率.813、4本塁打をあげて注目を集めた。高校通算39本塁打。
2006年9月25日に行われた高校生ドラフトで堂上直倫(現中日ドラゴンズ)の抽選に外れた巨人より1位指名を受ける。11月5日に契約金8000万、年俸650万で仮契約。

坂本勇人坂本勇人プロ入り後
2007年
開幕二軍で迎えたが、イースタン・リーグにおいて田中大二郎と共に出場機会を与えられた。途中実母の死去などによる欠場があったものの、フレッシュ・オールスター前までのシーズン前半の60試合で、田中、円谷英俊につぐ54試合に出場した。9月6日には1軍の対中日ドラゴンズ戦で初安打初打点を記録(決勝点でもあった)。

2008年
キャンプからオープン戦では原辰徳監督などから急成長を認められ、キャンプ・オープン戦で遊撃手・二塁手として出場。オープン戦チーム打率が.208に沈むなかで打率.240を記録、また2本に終わったチーム本塁打のうちの1本を放ち、既定打席に到達。開幕直前に正遊撃手二岡智宏が復帰したものの、打撃面の期待、短期間で二塁守備にも順応したこと、開幕投手が左投手の石川雅規だったことなど条件が重なり、巨人では松井秀喜以来となる10代での開幕スタメンに8番・二塁での起用が確定した。
その後も木村拓也・脇谷亮太などと併用されると思われたが、開幕戦で二岡が負傷。以降遊撃手としてスタメン出場を続けた。高校卒業で入団2年目の選手による全試合スタメン出場は、中西太、清原和博に続いて3人目(セリーグでは初)。
2008年のオールスターゲームファン投票でセの遊撃手部門で1位になり、初出場した。

坂本勇人のプレースタイル
ヘルメットを振り落とすほどのフルスイングが代名詞で、バットコントロールも巧み、本塁打を打てる強打者。スイングスピードも球界トップレベル。
スイングは目には単に強振しているように見えてもその実非常に高度なものであり、長打は広角に打てるほか高い打率をも両立させる柔軟性がある。
守備や走塁でも全力プレーを心がける「ガッツ」という愛称通りの選手。
2番を打っていた時期もあるがバントは行なわなかった。その当時は「史上最強の2番打者」と称されていた。
ホームランと自分でもわかる打球を打つと、打った直後に飛び跳ねて歩くくせがあるように思われている。

坂本勇人のプレースタイル
足を高く上げるフォームから、広角に打ち分ける強い打球が特徴。高校3年になってから急成長した選手で、将来の主軸候補として、また正ショート二岡智宏の後継者としての成長が期待されている。
本来左利き(ペンも箸も左)だが、幼少時に兄のお下がりである右利き用グラブを使い続けていた為、右投げ右打ちになった。外角の球でタイミングを外されても前足(利き足)で踏ん張り、腕一本でボールに食らい付く。追い込まれてから石井一久の厳しい内角のカットボールをスタンドに運んだかと思うと、打ち頃の球をあっさりと打ち上げてしまうような面もある。
左打者のような一塁側にもたれかかるような動きが無く、強いリストで打球をはじき返すためか、打球の軌道は中長距離打者を期待させる弾道を描く。練習試合を一見した長嶋茂雄に「試合に出場して『体のバネ』をつけ、前田智徳(広島)のような打者になってほしい」との言葉を贈られた。
原監督には右のスラッガーとして期待されており、いわゆる「大きく育てる打撃」と、ベンチ主導のバントの二者択一となっている。開幕当初のバント技術は高いとはいえなかったが、西山バッテリーコーチの指導で改善された。
遊撃守備に関しては、捕殺、刺殺は両方ともかなり多く守備範囲は広い。しかし、三遊間の打球を取った後の送球等不安定な部分も多く、失策の多さも目立つ。しかし、これらの点もまだまだ十分に改善する可能性を秘めており、打撃だけでなく守備もこれからの成長を期待されている。

坂本勇人のエピソード
背番号の「61」は200「6」年の高校生ドラフト「1」位に由来する。
スタメン獲得時19歳という若さから一部マスコミにも取り上げられ、時には週刊誌の表紙を飾るなど期待を受けている。こうした注目もあって、開幕前後に日本テレビ久保伸太郎社長が「(視聴率対策に)坂本を使い続けて欲しい」とインタビューに答えたほど。
2008年に巨人がリーグ優勝しビールかけを行ったが、まだ未成年者の坂本は×印のついたマスクと「ビールをかけないでください」と書かれたタスキをつけて登場。ビールの代わりに炭酸水を浴びて優勝を喜んだ。
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坂本勇人 | 坂本勇人

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